Silent Night


「クリスマスって本当は何の日か知ってるの?」
 ふと口をついて出た青年の言葉に、いそいそと鉢植えの木に飾りをつけていた少女はその手を止めて振り向き、大きな翡翠の瞳をぱちぱちと瞬かせた。
「大切な人と一緒に、お祝いする日じゃないの?」
 少女はきょとんとした顔のまま答えると、一緒に作業をしていた幼い娘と顔を見合わせた。そして2人揃って再び青年を振り向くと、軽く首を傾げる。
 年の割に表情に幼さを残した少女と、小さいくせに大人びておしゃまな幼子と。年が離れているというのに、全く同じ遺伝子を分け合った2人の顔はただでさえ似すぎている。その上、その動作はまるで鏡映しのようにぴったりで、青年は覚えず苦笑をもらした。
「まあ、そうだな。」
 青年は曖昧に頷いて、先程の問いを引っ込めた。
 今年は、クリスマスにはモミの木に飾りをつけるらしいことを知ったらしい少女が、どこからともなく引っ張りだしてきた鉢植えにあまりに嬉しそうに飾りをつけるものだから、つい言葉にしてしまったものの、それが意味のないことだというのは初めからわかりきっていた。
 この日に生まれたとされる教祖は、彼にとっても彼女にとっても聖人ではないし、十字架を掲げた連中に彼女が追われていたのは、もう過ぎた遥か過去のことなのだ。今さら、わざわざ知らせる必要がどこにあろう。
「……もう。」
 からかわれたと思ったのか、少女は軽く頬を膨らませた。が、すぐに幼い娘が梢に星を乗せようと手を伸ばしているのに気付くと、すぐに表情を戻した。
 小ぶりとはいえ、鉢植えの木は少女の背丈より少し低い程度だ。幼い娘が手を伸ばしても届く高さではない。
 少女が片腕で幼子を抱き上げようとするのを制して、青年は代わりに彼女を抱き上げた。少女のあの、痩せ細った白い腕で子どもを抱き上げるなど、想像するだけでぞっとしない。
 思いがけず青年に構ってもらえたのが嬉しいのか、幼い娘はぱっと顔を輝かせると、いそいそとした手付きで星の飾りをちょこんと梢に乗せた。
 自分の出生を知らない幼子は、いつのまに覚えたものか、少女を母と呼び、青年を父と呼ぶ。その度に青年は複雑な思いに捕われるのだが、幼さゆえだろう、当の本人にはまったく屈託がない。
 喜ぶ幼子をそっと下ろし、少女の方へちらりと視線を送ると、彼女の大きな瞳にも、わずかに複雑な色が浮いていた。けれど、その口元に幸せそうな微笑みの名残りを見つけて、青年もいつもの笑みを浮かべて見せた。

 賑やかな時間というのはあっという間に過ぎ行くものだ。
 冬の短い日はあっという間に沈み、メイドのリラが腕によりをかけて作ってくれたごちそうもすっかり片付いて、先程幼子は2人に「おやすみなさい」を言って目をこすりながら自分の部屋へと入っていった。いつしか、静かになった部屋には青年と少女の2人が残された。
 楽しかったながらも少女も疲れたのだろう。柔らかなソファにもたれかかってとろんとした顔をしている。
「メリークリスマス。」
 おもむろに青年が小さな箱を取り出せば、少女はのっそりとした動作で顔をあげた。青年は構わず、自らその箱にかかった細いリボンを解き、包装紙を剥がして蓋を開けた。
 中からは小さな蒼い花をあしらった、細やかな銀の髪飾りが姿を現す。
「骨董屋で見つけてね。きっと似合うと思って。」
 一瞬、どんな表情を浮かべればよいのか戸惑ったような少女にちらりと視線を送り、青年はいつものポーカーフェイスのままで言葉を継いだ。
「つけてみる?」
 青年は少女の返事を待たず、半ば強引にその頭を抱き寄せて自分の肩へと押し当てた。背中へと流れる亜麻色の髪を軽くすくい、髪飾りを留める。
 それはちょうど、草の合間に小さく咲いた野の花のように、控えめに蒼の光を覗かせた。決して華やいでいるわけではなく、目立つわけでもない。けれど、この少女には、そのほっそりとした飾り気のなさがこの上なく似合う。あたかも、この花の咲く場所はここにしかないかと人に思わせる程に。
 それもそのはずだ。この髪飾りはもともと彼女のものなのだ。彼女をよく知る人が、彼女のためだけに作ったものなのだから。
 青年は、黙ったままで少女の髪をゆっくりと撫でた。彼の胸に押し当てられた少女の小さな拳は、硬く握られてひんやりと冷たい。いつも一緒にいるというのも時に考えものだ。互いに相手の顔を見なくてもよい格好なのに、少女の少女の戸惑いと、驚きと、ほんの少しの怯えと安堵が、全て伝わってきてしまう。
 以前、彼女はこの髪飾りをつけていたことはなかったし、わざわざ彼に見せることもしなかった。大切にしまいこんであったのだろうし、片腕を失ってからは自分ではつけられなかったのもあるのだろう。
 それでも日々を共にしていれば、何かの折りにふと目にすることもある。すぐにそれが彼女にとって特別なものであることはわかったが、その時はさして彼も気に留めなかったし、何も聞かなかった。お互いに、相手の知らない時間は長すぎる。過ぎたことは必要以上に聞かないのが、いつしか暗黙の了解となっていた。
 そんな彼女が先月の彼の誕生日に、時計の贈り物をした。彼は微笑んで受け取ったものの、すぐに不審に気付く。彼女が贈り物を買う金を持っているはずなどないのは彼が一番よく知っているのだ。
 間違えても行動範囲の広いと言えない彼女のこと、その行動を推測するのは難しくない。案の定、彼女が街のアンティークショップで自分の髪飾りと交換で時計を手に入れたことは、容易く知れた。
 青年は少女の髪をゆっくりと撫でながら、気付かれないように小さく溜息をついた。
 この少女は、時々極端なことをする。あたかも、新しい何かを得るためには、何か他の大切なものを捨てなければならないとでも思い込んでいるかのように。自分への贈り物のために、彼女が自らの思い出を切り売りすることなど、青年が望むはずもないのに。
 彼女自身が意識していたかどうかはわからないが、今回はいわば形見分けの意味もあったのだろう。普段は何もかも忘れたような顔をしていても、彼女も自分自身がそう長くもたないことを知っているのだ。
 どちらにしても早まったものだ、と青年は苦い笑みを噛み潰す。黒い視線を落とした先では、少女の小さな背中が、呼吸の度に小さく上下する。
 青年は、少女の髪を撫でていた手をそのままその背へと滑らせ、引き寄せた。小さくついた少女の吐息が首筋をかすめる。ささやかな温もりが、ゆっくりと打つ鼓動が、少女が静かに瞳を閉じる気配がじんわりと伝わってくる。
 ぱちんと音をたてて、暖炉の中で薪がはぜた。ぱちん、ぱちんと弾ける度に、部屋の中に静寂が広がっていく。
「……似合う?」
 静寂に紛れ込ませるかのように小さく呟いた少女の声は、わずかにかすれていた。
「ああ、とても。」
「……ありがと。嬉しい。」
 穏やかに応えた青年の言葉に少女は声を詰まらせて、再び彼の肩に顔を埋めた。髪飾りの銀の葉が、温かな暖炉の灯を映して柔らかく光った。







あとがき
 たまき。さまに19000thHITの記念にリクをいただきました。いつもいつもありがとうございます(ぺこり)。
 微妙に遅れた季節ネタといいますか、突然に降って湧いたネタと言いますか……。久し振りに書いたもので、かなーりお見苦しい部分も多いと思いますし、ネタ的にもかなーり内輪なので、よけいに苦しいかと思うのですが、笑って許してやって下さいませ(涙)
   

topへ

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送