ああ、よく来たね。聞き取り調査? ……なんだい、それは? へぇ、お前さん、学者さんの卵かい……。若いのに大したもんだねぇ……。
で、こんな年寄りに話なんて聞いたって仕方ないだろう? 大した話なんてできやしないさ。
うーん……。そうかい? 学者さんてのは変わったことが好きだねぇ。ま、適当に座っておくれ。
ん? ああこれ? 今作ってるのかい? そうそう、2ヶ月先のトンネル開通記念日に上げるやつさ。今年でもう30年になるからね。特別大きなやつさ。
え? なんでトンネル開通の記念日に花火をあげるかって?
おやおや、最近の若い人は知らないんだねぇ。お父さんやお母さんに教えてもらわなかったのかい? え? ああ、外から来なさったのかい。まあいいや。ちょっと手を休めたくなった頃だし、私でよければ聞いていきな。
この国はね、昔、とても貧しかったんだ。冬になると凍えて死ぬ人もいたし、食べ物がなくてお腹をすかせた子どもだってたくさんいた。ほら、こんな小さい国がぐるりと険しい山に囲まれてるだろう? ああ、確かに南には海があるけど、波が荒くてね。あまり海の幸には恵まれないんだよ。
え? ああ、確かに鉄はたくさんとれたけど、考えてごらん。鉄は食べられないし、よそへ行って売るなり、他のものと交換してもらうなりしないと、暮らし向きは豊かにならないのさ。
そうそう、まだトンネルがなかった頃だからね。ろくな道もついてないあの山を越えるのは命がけだったのさ。ましてや、重い鉄を背負ってなんか、越えられるものじゃない。帰りだって荷物があるからね。山の向こうを目指して行く人はたくさんいたけど、半分とても帰ってこなかった。まあ、山の向こうが天国みたいに豊かな国で、みんな帰って来るのが嫌になるんだ、なぁんて冗談半分本気半分で思われてたのさ。
そう、それで、いつかみんな思うようになったんだ、山の向こうを攻めとれば、幸せになれるってね。とはいってもまあ、あの山はとてもじゃないが越えられないからね。兵隊を送るなんてできないじゃぁないか。だからそれは、生活の苦しさを紛らわす、ただの夢物語だったんだ。
でも、ある時ね、王様がふと考え付いたのさ。大きな大砲を作って山の向こうに撃ち込めば、兵隊を送らなくても攻めとれるってね。それで、とある職人に本当に命令を出しちまったんだ。山の向こうの国を撃てるくらいの大砲を作れって。
え? ああ、そうだな。その通りだ。向こうの国に大砲の弾なんか撃ち込んだって、何にもなりゃしない。そんなことしたって豊かになんかなるはずもない。向こうの人が悲しむだけさ。
でも、この国は貧しかったんだよ。ただ物が足りなかっただけじゃない、心が貧しかったのさ。あの山の向こうにだって、私たちと同じ人間が住んでいるなんて当たり前のことがわからないくらいにね。ただ、ほんの少しだけ希望を持たせてくれるその考えに、みんなしてしがみついていたのさ。
でも、彼にはわかってたんだ。いや、途中で気付いたんだな……。ん、ああ、大砲を作れと言われたその職人さ。
彼は長い時間をかけて、山の向こうに届くくらいの大きな大きな大砲を作った。けど、彼がいざという時に詰めたのは、砲弾じゃなかったんだ。
大砲が完成した次の夜、王様や、兵隊や、国の人たちの前で、彼は大砲を撃って見せた。
ばん、と大きな音がしてねぇ、みんなびっくりしたさ。だって、夜空に大輪の炎の花が咲いたのだから。
ああ、そうだよ。彼は砲弾じゃなくて花火を詰めたのさ。慌てて兵隊が次の弾を詰めて撃ったけど、やっぱりそれも花火でね。赤や緑や、それはそれはとっても綺麗な花が咲いたのさ。
ああ、もちろん王様は怒ったね。そりゃもう、かんかんさ。だって、大砲ができるまでにたくさんの時間とお金がかかったんだから。大砲ができたら取り返せるはずのお金が全部ふいになったんだからね。
王様は彼を捕まえて、ちゃんとした砲弾を作るように命令したよ。でも、彼は口をつぐんだままで、何度言われても首を縦にはふらなかった。ついに王様もしびれをきらしてね、彼を処刑するように命じた。ちょうど、彼が花火をあげて一月くらい経った頃だったかな。
彼はね、日没と同時に処刑されたんだよ。銃を構えた兵士が彼の前に並んでも、彼は怖がる様子もなく、ただ山の向こうを見詰めていた。まるで何かを待つようにね。
そうして日が沈んで、ちょうど彼の胸を銃弾が貫いた時、何が起こったと思う?
いやいや、もったいつけてるわけじゃあないよ。そう先を急ぐなって。
……花火がね、上がったんだよ。山の向こう側から。一月前の彼の花火に負けないくらい、大きくて綺麗な花火がね。
それを見て、彼はうっすらと微笑んで、自分のしたことは間違っていなかったと言い遺して死んだんだ。
え? あり得ない? どうしてさ? 銃殺されたら蜂の巣になるって? それが本当なら死刑囚の最期の言葉なんて聞けるはずはない?
参ったなぁ……。お前さん、妙なところは鋭いねぇ……。
でもね、この話は嘘なんかじゃないし、作り話でもないよ。
あぁ、誰にも言うつもりはなかったんだけどなぁ……。まあ、仕方ない、か。
彼が言い遺したのは本当さ。……だって……、私が、この耳で聞いたんだから。
ああそうだ、そこの箱を開けてみてくれないか? いや、そっちじゃなくてそれ、縦長の方さ。
ああ、そう、火縄銃だよ。引き金を引いてから、弾が出るまでに時間がかかる旧式のやつさ。
で、それが……、それが、彼を撃った銃なのさ。そう……。彼を撃ったのは……、この、私なんだ。
私はその時15でね。そう、ちょうど兵士になりたての新米少年兵だったのさ。でね、銃殺刑というのは新米の兵士にやらせるのさ、度胸をつけさせるためにね。
人を撃ったことなんてない私は、怖くて怖くてね……。彼の胸に狙いを定めたまま、ぎゅっと目を閉じてしまったんだよ。そして、ばんばんと音がしたから、慌てて引き金を引いていた。……ああ、何てことはない、花火の弾ける音を仲間の銃声だと思ったのさ。
なんだか様子がおかしかったからおそるおそる目を開けたらね……。大きな花火が飛び込んできたよ。まぶたに焼き付くくらいに、大きくて鮮やかな、ね。そしてあっけにとられているうちに……、銃が、火を吹いてね……。銃口は……、彼の胸に、向いたまま、だったさ……。
あの時の花火と……、銃を握っていたこの手に伝わってきた感触は、一生……、そう、一生……、忘れられない……。
皆……、ぽかんと空を見上げていてね。引き金を引いたのは、私1人だった。そう、私がしっかりと目を開けてさえいれば、彼は死ななくて済んだのかもしれないのさ。
思わず銃を放り出して、私は彼に駆け寄っていたよ。彼は本当に満足そうに笑ってね、自分のしたことは間違ってなかったって……。そして、私の耳もとにささやいたのさ。自分の工房には隠し部屋があるってね。
もちろん、すぐに行ってみたさ。言われた通り、棚の後ろに入り口が隠されてて、中には分厚い手紙の束が置いてあったよ。手紙の差出人は、山の向こうに住んでいる女の子みたいだった。
当時はね、どうも、伝書鳩に手紙を持たせて飛ばして、知らない人に手紙を拾ってもらうのが流行っていたようなんだ。たまたまその女の子の鳩が山を越えて、たまたま彼がそれを捕まえたんだね。そんなことが文面に書いてあったよ。
どうやら彼は、最初は山の向こうの地形なんかを聞き出すのに、その手紙を利用していたようなんだ。古くなって黄ばんだ手紙には、向こうの国の様子が可愛い文字で丁寧に書かれていたよ。時には拙い絵なんかも添えてね。
ああ、賢い子だったんだ。後でわかったんだが、どうも向こうの国の大臣あたりの娘さんだったらしい。字や絵こそ子どもっぽかったけど、文章はしっかりしてたし、随分と正確だったよ。
で、手紙の束の合間には、彼が描いたらしい図面も何枚か挟まっていてね。どうもその時、既に大砲の方はできていたみたいなんだ。だから後は大砲を撃つ位置と角度を決めるために、いろいろ聞き出していたんだろうね。彼が描いた向こうの国の見取り図もあったもの。もう、いつでも撃てる状態だったんだ。成功するかどうかは別にして、ね。
……でもね、彼は気が変わったらしいんだ。何通目かの手紙がきっかけで。いや、後から思えばそれ以前から、彼も迷ってたんだろうな……。だって、いかにも小さな女の子が一生懸命書いた、というような、とても好感のもてる手紙をあんなにたくさん受け取ってたんだもの。
ああ、その手紙かい? そこにはこう書いてあったんだ。『あのお山に穴が空いたらあなたとお会いすることもできるでしょうに。そうしたら、お互いにもっともっとよく知って、もっともっと仲良しになれるでしょうにね』ってね。
いかにも子どもっぽい、馬鹿げた思い付きだと思うだろう? 私だってそう思ったさ。けどね、彼はそう思わなかったんだ。そう、彼女の思い付きに乗ったのさ。この国の鉄と、火薬の技術があればあの山に穴をあけることもできるってね。
それからの手紙は、弾んだ文字でねぇ……。どうやって周りの人に説明しようかとか、どうやったらうまくいきそうかとか、そんなことが書いてあったよ。そうして、一番新しい手紙には『あなたの花火、楽しみに待っています』って。そして、最後にもう一枚、図面があった。そう、あの山の断面図と、細かく計算されたトンネルの見取り図だった。
そう、あの花火は合図だったんだよ。図面がうまく引けた、トンネルは掘れるっていうね。そして、彼の死の間際に上がった花火は、向こうからの返事だった。皆にうまくトンネルのことを説明できたってね……。ああ、その数日後に、彼の工房に鳥が手紙を運んで来たからわかったんだよ。
彼は向こうの返事を待って、王様に何とかして計画を説明するつもりだったんだろうねぇ。当時は、「向こうに大砲を撃ち込め」一本槍で、とてもそんなこと言えるような雰囲気じゃなかったから。
そうそう、それからはもう、山の向こうに大砲を撃ち込もうっていう意見はすっかり影を潜めてね……。ああ、あの花火を見てやっとみんなわかったんだよ。あの山の向こうにだって、私たちと同じような人間が住んでいるって、当たり前のことがね。
そうしてやっと、彼の計画がみんなに知れることになって、トンネル掘りが始まったのさ。ああ、もちろん、掘り始める前には、打ち合わせするために何度か足で山を越えなきゃいけなかったし、掘り始めてからも大変なことは多かったさ。落盤事故もあったしね。当然、ずいぶんと時間もかかったよ。
それでも、誰もやめようとは言わなかった。それだけ、彼の死と2回の花火が強烈だったんだなぁ。
開通してからのことは、お前さんも知ってる通りさ。この国の鉄を山の向こうに運んで、山の向こうからは食料や他にもいろんなものが運ばれて。おかげで、冬に凍える人間も、餓えにさらされる子どももいなくなった。
まあ……、要は、そうなるまでにこんなことがあったってことさ。だから、毎年花火をあげるんだよ。
あの職人の勇気を忘れないように、私たちに人の心を思い出させてくれた向こうの花火を忘れないように……。今となっては、あの花火を覚えている人間の方が少ないからねぇ。
そして私は……、私は、あの時の過ちを忘れないように……。この手で花火を作っているのさ。
ああ、償えるなんて思っちゃいないさ。自分の中のケジメみたいなものかな。ただ、忘れないように。そして……、自分が忘れていないのを確認するために。まあ、彼から見たら甘っちょろいもんだろうけどねぇ。
ああ……、そんな顔をしなくていい。私がふらっと話したくなったのさ。墓場まで持って行くつもりだったけど、誰か知っていてくれる人がいててもいいかな、ってね。
え? そりゃもちろん、すぐに入る気なんてないさ。お前さんも案外気にする方だねぇ。
ふふ。いつか……、あの時彼があげた花火に負けないものを上げられるまで、向こうには行けないなぁ。
ああ、こんな年寄りの話に付き合わせて悪かったね。帰り道、気をつけておくれ。
ん? ああ、ありがとう。期待しててくれよ。今年は去年よりずっと綺麗で大きな花が咲くさ。そして来年はもっと、再来年はもっともっと、な。
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