「ちょっと、キミ!」
 塾までにはまだもう少し時間がある、夕方の駅前商店街。まあ商店街というよりは、ちょっと健全な繁華街というくらいのものなんだけど。ざわざわとやかましい人込みの中で、誰かが人を呼び止めようとしているみたい。こんなケンソウの中でも、女の子の声って結構通るもんなんだね。
 まあ、それはいいとして、塾までどうやって時間を潰そうかな……。そんなことを考えながらぶらぶらと歩いていたら。
「ねえ、ちょっと、そこのキミ!」
 さっきと同じ声がまた聞こえた。今度はさっきよりずいぶんと大きく聞こえる。マサカとは思うけど、ひょっとして……。
 ボクは試しに足を止めて、人込みの方へと顔を向けてみた。ちょっときょろきょろしてみると、中学生のおねーさんと視線がぶつかった。おねーさんはボクの顔を見て、やっぱり、というような顔をした。
 ひょっとして呼ばれてるのはボク?
「……ボク?」
 どうしようかとは思ったけど一応聞いてみたら、おねーさんはこくんと頷いた。
「そう、ねぇキミ、あの時いたよね?」
 あの時っていつだろう……とか考えてたボクに−−正確にはボクとおねーさんに、だけど−−周りの視線がちくちくと刺さる。ボクは返事したことをちょっと後悔したけど、まあそれはしょうがないよね。『女の子には親切に』って死んだじいちゃんも言ってたしね。
「……。あ。」
 さすがにおねーさんも気付いたようで、きまり悪そうな顔をした。
「ねえ、ちょっと、あそこ入ろ。」
慌ててボクの腕をつかむと、返事もきかずに傍のハンバーガー屋さんを指差して、さっさと歩き始める。
……ま、塾まで時間あるし仕方ないよね。でもボク、ファーストフードは食べないんだけどなぁ……。

 自分のトレイに100%オレンジジュースだけ乗せて、改めてカウンター席の隣に座ったおねーさんを見つめてみる。見るからになんだかからっとした、元気で明るそうな人。中学校の制服とカバンに、大きなバッグ。あれって中身はサッカーボールだよね。女の子なのに。うーん、サッカーする女の子の知り合いっていたっけなぁ……。
ん?というかもしかして……。
「これって逆ナン?」
 ちょっと口に出してみただけなのに。次の瞬間、ボクの頭はぱこんとイイ音をたてていた。
 いたた、あーあ、脳細胞死んじゃうよ……。
「やだ、何言ってるの。だってキミまだ小学生でしょ?」
 おねーさんは目をぱちぱちさせてびっくりした顔をしてる。
 小学生ったって、ボクはもう5年生だし。知らないの? 今は男が年下なのが流行ってるんだよ?
 言おうかと思ってやめた。だってあの顔からしたらあれ、思わず手が出たって感じなんだもん。下手な冗談言ったらボクの大事な脳細胞、全部殺されちゃう。
「まあ……。急に声かけてごめんね。でもキミ、あの時パトカーの中にいなかった?」
 黙ってストローをくわえてるボクの顔を、おねーさんはくりくりした目でじっと見つめる。
 ああ、あの時って、あの時か。もう一月くらい前のことになるけどボク、変なカバンのせいで黒尽くめの大男に追い掛けられたんだよね……。ケーサツも動いて大騒ぎになったけど、あの大男のことはニュースにも出ないで、なんだか揉み消されちゃったみたい。あのカバンだって結局何だったかよくわかんないし。こっちは川に落ちたりして死にそうな目にあったっていうのに。でもまあちょっとスリリングでいい経験と言えば言えないこともないんだけど。
「あたしはあの時、違う車にいたんだけど。最後にカバン持ってパトカー飛び出したのってキミだよね?」
 じゃあ、このおねーさんもアイツにおっかけられたってことかな。でもなぁ……。
「ボク、そのことについてはシンインセイのギャッコウケンボウってことになってるから。」
「え? シン……なんて?」
 おねーさんはハンバーガーを両手にもって口をぽっかり開けたまま、目を白黒させてた。まあ無理もないよね。
「つまり、川に落ちたショックで忘れちゃったってこと。」
「そうなんだ、残念……。って、え? 忘れちゃったって、でも今……。」
「……忘れちゃったんだってば。」
 ボクはちょっと横を向いてわざとぶっきらぼうに答えた。ボクだってあのことは気になってるけど、でも、だって仕方ないじゃん、あの時病院の先生に『覚えてない』って言っちゃったんだもん。オトコにニゴンはないんだからさ。ん?ちょっと違うかな。
「そっか……。ま、いいや。ごめんね、変なこと聞いちゃって。気にしないで。」
 おねーさんはちょっとがっかりした顔をしたけど、ぺろりと舌を出してボクに謝った。なんだかちょっとそんな顔ができるおねーさんが羨ましくて、そしてちょっと気まずくて、ボクは話題を変えてみた。
「ねえ、それ……。サッカーボールだよね?」
「え? うん、そう。よくわかったね。」
 言いながらおねーさんの顔はぱっと輝く。よくわかったねって、だって書いてあるじゃん。
「おねーさんがするの?」
もちろん、今の時代ダンジョビョウドウだってボクも思うよ。でも、やっぱり女の人がサッカーするってちょっとゲンジツカンがわかなくて、つい口が滑って聞いてた。ヤバイなぁ、また脳細胞殺されるかも……。
「そうだよ。」
 ちょっとびくびくしてたボクをよそに、おねーさんはけろりとした顔で答えた。
「こう見えてもあたし、プロチームと契約してるんだから。あ、あたし南雲そらっていうの。覚えといてね。」
おねーさんは、にっこりと明るく笑う。
「へぇ〜。プロなんだ、すごいね。ボクは三條拓真。拓でいいよ。みんなそう呼んでるから。」
一応、相手が名乗ったら、こっちも自己紹介するのがレイギってやつだよね。
「あ、信じてないなぁ?」
 どうもボクって人をほめたり感心したりするのが苦手みたい。ホントにすごいって思ったし、別に信じてないわけじゃないんだけどな。
「これでもこの夏からトップチームでレギュラーやってるんだからね。将来は日本代表に入って、W杯で優勝するのが目標なんだから。そのためには……。」
 なんだかエンジンかかっちゃったみたい。おねーさんはすごく楽しそうに、それでもどこかきりっとした顔で熱っぽく話し始めた。今どき、将来の夢を一生懸命語れる人っていたんだね……。でもなんだかしらけた気分にもなれなくて、逆にちょっとうらやましいような眩しいような気分で、ボクはそれを聞いていた。
「あ、ごめん。もうこんな時間? あたし帰らなきゃ。」
 はっと気付いたように時計を見て、おねーさんは慌てて立ち上がった。ボクだってそろそろ塾の時間だ。
「ああごめんね。なんだか付き合わせちゃって。」
なんだかその様子がおかしくて、ボクは思わず吹き出しそうになった。
「じゃあね。明日からボク、新聞はスポーツ欄も読むことにするよ。」
別れ際にそう言うと、おねーさんはまたにっこりと笑った。


「なあ拓、お前、ホントか?」
 翌日、学校に着くなり同じクラスの勝が声をかけてきた。
「何が?」
「お前、昨日あの南雲そらちゃんとデートしてたって。隣のクラスの奴が見たって言ってたけど。」
「……何それ?」
「そうだよなぁ。うんうん、それでよし。」
何がそれでイイのかわかんないけど、勝は一人で頷いている。そういえばこいつ、熱烈なサッカーファンだっけ。
「勝、将来の夢とかある?」
 もう用事は済んだとばかりに向こう行こうとしてた背中に声をかけると、勝は「へ?」と間抜けな声を出して振り返った。
「何? 将来の夢ぇ?」
 お前熱でもあるのか、とでもいいたそうな顔をする。
「んーん。やっぱ何でもない。」
まあコイツに聞いたのが間違いだったよね。
ちょうど始業のベルが鳴ったので、ボクは勝をほったらかして、さっさと席についた。向こうで勝がまだ首をひねっていたけど、すぐに忘れることにしたらしかった。ボクはちょっとだけ苦笑いして窓の外へと目を向けた。眩しいくらいに、空が青かった。





あとがき
daiさまに1400thHITの記念にリクエストを頂きました。ありがとうございます。そして遅くなって申し訳ありません。
daiさまのところのキャラとうちのキャラの共演……ということでしたが、daiさまのところからは南雲そらちゃんをお借りしました。うちの三條拓真は、ちなみに掌編『薔薇』のボクです。
二人とも某所でのリレー小説で、妙なカバンを渡されたばっかりに、黒尽くめの大男に追い掛けられるという災難に遭った、という設定になっています。ちなみに顔を合わせるのは今回が初めてですが。
……それはそうとタイトルがなかなか決まらず、悩んだあげくにこれか……という感じですが、笑って見のがしてやって下さい(涙)

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