Powder Snow

「ねぇねぇねぇ、ねぇってば。」
 少女があまりにやかましく声をかけるので、青年は少しだけ読みかけの本から顔を上げた。
「ねえ、ゆき!」
 この機を逃すまじ、とばかりに少女はすかさず窓を指差した。古ぼけた窓ガラスはすっかり白く曇り、澄んだ青を滲ませていた。青年は愛想程度にそちらを見遣り、再び本へと視線を落とす。赤々と燃える暖炉の中で薪がぱちんと弾けた。
 少女は頬を膨らませると窓に近寄り、今度は窓枠をがたがたとさせた。どうやら窓を開けたいようだが、重くて思うにまかせないらしい。
 青年はひとつ溜息をついてからゆっくりと立ち上がり、窓枠を押した。厚い木の枠がきしみ、瞳を射るような強い光と、切れそうなくらいに冷たい澄んだ風を呼び込んだ。長い亜麻色の髪を風に撫でられながら、窓から見える景色に少女は歓声を上げた。濃厚な青い空の下の一面の銀世界。ところどころ生えている木々は細かな枝の先まで真っ白に輝いている。
「寒いから閉めるぞ。」
 宣言とともに鮮やかな雪景色は曇ったガラスの向こうへと隠れてしまった。少女は青年を見上げて唇をとがらせ、ふいっと部屋から出て行った。ぱたぱたぱたと階段を駆けおりる足音が遠ざかって行く。部屋に残った冷気を追い払うかのように、暖炉の中の薪が火の粉を散らして大きくはぜた。青年はしばらく炎を見つめていたが、一つ溜息をついて読みかけの本を閉じた。コートは隣の部屋にかけてあるはずだった。

 重いドアを開けると、一層鮮やかな空の下に、銀白色の世界がせりあがっていた。吐き出した白い息は、すぐに細かい粒となってきらきら光り、青を背景に軽やかに踊りながらゆっくりと舞い降りていく。青年はコートのポケットに手を入れたまま、少し左右を見渡した。新雪の上に残った小さな足跡を目で追い掛ける。
 少女は細い手足を投げ出して、柔らかい雪の中に半ば埋もれるように抱かれていた。まぶたは軽く閉じられ、ふっくらとした頬は白桃のように色付いていた。細い亜麻色の髪は雪の上にふわりと散っている。身体が小さく、色素の薄い少女は、春が来たらこのまま雪と一緒に溶けてしまうのではないかと錯覚するほどに儚く見えた。
「あ……。」
 ようやく青年に気付いて少女は瞳を開け、少しはにかんだ笑みを浮かべた。白いショートブーツの足で粉雪を軽く跳ね上げる。
「起きれなくなっちゃった……。」
先程より少し深く埋もれた雪の中で、少女はえへへ、と笑った。青年はわずかに苦笑して、少女の手をつかんで引き起こした。いつもは冷たい小さな手は、強く握るとじんわりと温かい。少女の髪や淡い色のAラインコートにまとわりつく雪の結晶を払ってやってから、青年は少女の額に手を当てた。
「ん、冷たい。気持ちいい。」
 少女はにっこりと瞳を細めた。
「……いつから?」
「今朝、かな……。」
 努めて事務調な質問に、少女は観念したように、それでも青年を上目遣いで見上げて答えた。
「……戻って着替えて寝るぞ。」
「だって、雪……。」
 一応未練がましく言ってみるが無駄なのはわかっているようで、頬をふくらませながら青年の後に従った。青年は困ったように少し笑って少女の髪をくしゃくしゃと撫でた。

 ぱちぱちと暖炉が温かい音をたてる。少女はこほこほと咳き込んで、毛布を口元まで引き上げた。
「あ〜あ、雪……。」
未だに名残惜しそうに呟いて、再び咳き込む。
「雪なんて珍しくもないだろう?」
 少女が山岳地方の出身であることを思い出し、青年は半ば呆れたように言いながら少女の額に濡れたタオルをのせた。
「ん……。でもね、あんなにきらきらしてふわふわして、綺麗で優しいのは見たことないの。」
 少女はかるく目を伏せて、それでもどこか子どもじみた口調で答えて、くるりと毛布にくるまった。
だって雪は冷たくて重くて……。咳の合間にぶつぶつと唇を尖らせて呟く少女に、青年は優しげな視線を落とした。唇の端をほんの少しだけ持ち上げる。
「これから晴れる日なんていくらでもあるさ。」
「……そうだね。」
 熱い息を吐き出して瞳を閉じる少女の頬をそっと撫でて、青年は窓へと視線を移した。曇ったガラスの向こうは灰色で、きっと細かな雪の結晶を降らしていることだろう。
「おやすみ。」
小さく少女に声をかけて、暖炉の中に薪を2、3本放り込む。オレンジ色の炎はゆらゆらと揺れて、ぱちんと暖かな音をたてた。





あとがき
たまき。さまに1111thHITの記念に「例の」リクを頂きました。ありがとうございます。
なぜか私の中では「粉雪」は晴れた時のイメージしかありません。どんなに細かくてさらさらしていても、曇っていたら「粉雪」という感じがしないのです……。
というわけで、タイトルはそういう雪だと思って頂ければ助かります。
なんだか「彼」には世話焼かせっぱなしですが、見捨てないでやって下さい(涙)

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