Little Lovers


 それはどこか不釣り合いな印象を与えるカップルだった。
 この地方では珍しい黒い髪と瞳をした青年は、扱いの難しいコートを嫌味なくさらりと着こなしている。端正な顔だちはどこか伶俐な知性を宿し、唇を軽く引き結んだ表情は気高ささえ感じさせる。まあ10人の女性がいたら10人ともが振り返るだろう。
 その青年の腕にしがみつくようにして石畳の街を歩いている少女の方は、どう見ても10代にしか見えない。愛らしくはあっても、お世辞にも美人と呼べるようなタイプではなかった。 背中で揺れる細いまっすぐの髪は繊細で綺麗ではあったが、彼女の華奢な体つきや色素の薄さ、そして何よりそのくるくると変わる表情と相まっては、その幼さを際立たせていた。
 もしもこの少女の方にも、例えばその瞳の奥に叡智の欠片を見い出す者がいたとしたら、それはよほど鋭い観察力か、逆にあまりに的外れな感性の持ち主だろう。いつも側にいる青年ですら、否、いつも側にいるからこそ、彼女の中にかつてあったものの名残りに気付くことは少なくなっていた。
 小柄な少女は時折、青年を見上げては彼に話し掛け、素っ気無い返事を返されて思わず足を止めて唇をとがらせる。そして青年に引っ張られる形で小走りになって、また彼の横に並んで歩き、懲りもせず彼に話し掛ける。

 青年は自分の歩調が少女にとって速すぎることに気付いていたが、足を緩めようとはしなかった。
 青年の手を堅く握る少女の小さな手は冷たく、わずかに汗ばんでいる。彼女は彼との外出をとても喜んだけれど、まだ人の視線に曝されるのは慣れないらしい。無邪気な笑顔にも、どことなく強張りが残っている。 小さな古い街とはいえ、彼の容姿はどうしても人目を引く。勢い、足の運びは速くなる。
 青年は、速度を落とす代わりに少女の手を握り返して、心持ち上に引く。少女がつまづいたり転んだりしないように。 少女はうっすらと頬を染めると、はにかんだ笑みを浮かべて青年を見上げた。
 青年は少女を軽い苦笑で見下ろして、また足を速めようとして、ふと足を止めた。それまでしっかりと彼の手を握っていた小さな手がするりと抜けて行くのに気付いて。

 少女は街角の古ぼけたショーウインドーの前に張り付いていた。自分の息で白く曇るガラスを何度も何度も拭っている。青年は、少女の肩ごしに中を覗き込んで、思わず苦笑を浮かべた。 彼女が見入っていたのは、豪奢な調度品でもアクセサリーでもなく、素朴なつくりの、少女趣味とも言えるオルゴールだった。
「入る?」
青年がアンティークショップの扉を指すと、少女は躊躇いがちに頷いて青年の隣へと駆け寄った。
 古い木のドアを開けるとごろんごろんとカウベルが鳴る。赤々と燃える暖炉の前に座っていた主人が「いらっしゃい」と顔をあげた。焦茶の髪に、だいぶ白いものが混じった人のよさそうな男だ。
 青年が紳士然として少女がコートを脱ぐのに手を貸している間も、彼女は気もそぞろにショーウィンドーへとちらちらと視線を送っていた。
「あそこのオルゴールを見せてもらいたいんだが。」
少女の代わりに青年が主人に声をかける。小太りの主人は、分厚い樫のテーブルの上に、湯気をあげているカップを二つ置くと、済まなさそうな顔をした。
「申し訳有りませんが、あれは売り物ではないんです。」
言いつつも、彼はウィンドウからオルゴールを取り出して二人の前に置いた。
 一目で年代を重ねていることがわかるそれは、小さな男の子と女の子が本体を飾っていた。地面に座り込んだ幼い女の子は少し首をかしげて男の子を見上げ、年嵩の少年はかるく屈んで少女の顔を覗き込んでいた。両の腕を少し広げて、少女に何を語っているのだろうか。今にも動きそうなくらいに細かいところまでよく作り込まれている。しかし惜しいことに、最初からそうだったのか、それとも時が経つうちにすり減ってしまったのか、二人の顔に表情は刻まれていなかった。
「あったかいねぇ……。」
 オルゴールを見下ろして、少女はぽつりと呟いた。
 全く、この二人を見守る制作者の思いが伝わってくるかのような細工だった。その視線は、暖かく、愛おしく、そして少し切なく、どこか儚いものだったのだろう。ちょうど今、このオルゴールを見つめている少女のそれのように。
「これは、うちの何代も前の先祖の作品だと伝えられています……。何でも彼の死後、その息子が遺品の中から見つけたらしいですが……。まあ本当かどうかはわかりませんけどね。当時、これだけの大きさにオルゴール本体を収めてしまうだけの技術があったかどうかも怪しいですし。ただ、なんだか見ていると気が和むからでしょうか、先代も先々代もその前も、ずっと手許に置いて離さなかったのです。……少し鳴らしてみましょうか。」
 店主は訥々と語りながら、オルゴールの裏面のゼンマイを巻いた。よく手入れされているらしく、きりきりと鳴る音が、時を遡っているかのような錯覚を起こさせる。
 二人の子どもが奏でる音色は、どこか懐かしい優しい感じのする旋律だった。
「……不思議な曲でしょう?聞いたことがないはずなのに、どこか懐かしい気持ちにさせられる。」
「……そうだな。」
 本当は、一度だけ聞き覚えがあったが、青年は店主に相槌を打っておいた。ちらりと少女の方へと視線を向ける。彼女はほんの少し哀しげに瞳を細め、唇にどこか大人びた微笑みを浮かべて、静かに耳を傾けていた。小さな二人を慈しみ、愛おしむかのように。
 青年の視線に促されたかのように、主人も少女の方を見遣った。そして、その儚げな横顔に見入る。
「……もしあまりにお気に召したのでしたら、お譲り致しましょうか?」
 少女の表情に感じるものがあったのだろうか。躊躇いがちに主人はそう申し出た。 少女はゆっくりと顔をあげ、店主の深い茶色の瞳をまっすぐに見つめ……、静かに首を横に振った。
「そうですか……。」
主人は、明らかに安堵の溜息をつくと、再び人の好い笑みを浮かべた。
「可愛い恋人たちでしょう?またよろしければご覧にいらして下さいね。」
少女はぱちぱちと大きな瞳を瞬かせた。唇を開きかけて、やはり思い直したように笑みの形に引いた。 青年が少女を促し、二人は軽く会釈をして扉の向こうへと出て行った。カウベルががらんがらんと鳴って彼等を見送った。

「あの主人には妹はいないな。」
「え?」
ベルの音に紛らわせた青年の呟きを耳に止め、少女が目を丸くして彼を見上げた。
「いや……。良かったのか?気に入ったのだろう?」
ごまかすように問うた青年に、少女はそのままの表情でとりあえず頷いた。
「やっぱりカインもあの二人、兄妹だと思ったんだ。」
 少女の言葉に、青年は苦笑を浮かべて彼女の髪に手を伸ばした。少女の方も、少しきまり悪そうにちろりと舌を出して視線を逸らせた。
 互いの家族については、早くに亡くしたことしか知らなかった。なのに、はからずして青年はかつて妹を持つ兄であり、少女はかつて兄を慕う妹であったことがわかってしまったから。もちろん二人とも隠すつもりなどはなかったのだけれど。
 少女は少し考えを巡らすかのようにくりくりと瞳を動かして、再び彼の手を握った。コートの腕にそっと自分の顔を寄せる。
「いいの。今はこっちの方があったかいから。」
青年は少し微笑んで、少女の細い肩に手を回した。
「じゃあ、帰るか。少し遅くなったしな。」

立ち並ぶ街灯に暖かなオレンジ色の火が灯る。
重い鈍色の空から、ちらちらと細かい雪が舞い降り始めた。





あとがき
800thHITの記念にたまきさまよりリクを頂きました。ありがとうございます。
彼と彼女のお話ということだったのですが、話的には内輪にならないようにしてみた……つもりですが、微妙ですね。
やっぱりわけわからなかったらごめんなさいです。(汗)
なんだか私の中では、雰囲気的に一月早いクリスマスです(笑)
きっと彼はともかくとして彼女にはクリスマスという概念はないのでしょうが……(笑)

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