「じゃ、獅子座流星群見に行こう。オレ、穴場知ってるから。」
何の話をしてた時だったか、『流れ星を見たことない』と言ったら、彼はにこにこと笑ってこう言った。
その表情から察するに、きっとあたしが流れ星の話をしなくても切り出すつもりだったんだろう。
二人で流れ星を見に行くなんて……ベタだと思ったけど、まあ悪い気はしなかった。
親には適当なことを言って家を出た。冷たい風が一気に骨まで染みとおる。澄んだ空を見上げたら小さな星が凍えたように瞬いている。
「こっちこっち。」
やけに嬉しそうな顔をして、彼は向こうで手招きをする。
「ほら、ここ穴場でしょ?」
確かに、暗いし、人もいない。空を遮るものもない。星を見る条件としては絶好なのだろう。でも……。
「どうして墓場なの?」
我ながら間抜けな口調で聞いたものだけれど、思わず立ち尽くしてしまうのがこの場合普通の反応だと思いたい。
「え?」
彼は大きな荷物をほどきながら、目をぱちぱちとさせた。
どうやら天然らしい。
時々、彼はこんなふうに突拍子もないことをする。まあでも退屈はしないし、何よりそのおかげでこちらも変に気兼ねしないで済むからいいんだけど……。
「あたしたち、流れ星見に来たんだよね?ヒトダマ見に来たんじゃないよね?」
思わずのってしまう自分が最近ちょっと哀しい。
「大丈夫大丈夫。もう化けて出る季節は過ぎたから。」
さっさとスペースを確保して敷物を敷きながら、彼はにこりともせずにそう言った。どうやら至極真面目に言っているらしい。
「それにここ、うちの墓だから化けて出ても大丈夫。」
……却ってあたし、祟られるんじゃないかな……。
さすがにこれは口に出せずに、あたしは渡された毛布を受け取りながら乾いた笑いを浮かべた。
「飲む?」
彼の方はあっけからんとして魔法瓶を差し出した。弛んだ蓋から、白い湯気とコーヒーの香りが立ち上る。ここまで準備万端だと、ちょっとだけ呆れたくもなる。
あたしは諦めて、彼の隣を腰を下ろした。毛布にくるまって空を見上げてみる。
今夜は新月。深い深い闇色の中に、いつもは姿を見せないたくさんの冴えた星が瞬いていた。
と、ふとそのうちの一つが空を横切る。
「あ。」
「あ。」
同時に指差して、あたしたちは思わず苦笑して顔を見合わせた。
「あ。」
そんなあたしの背後を彼は再び指差した。
「え?」
振り返ろうとして、視界の隅に流れる星に気付く。
「……願いごと、した?」
「まさか。間に合わないよ。」
互いの会話も上の空で、あたしたちは首が痛くなるくらい、ずっと夜空を見上げていた。
流れ行く星は、どんどんと数を増して行く。ちょうど降り始めの雨がどんどん雨脚を強めて行くように。
そして、誰かが合図をしたかのように、一斉に流れ始めた。
右を向いても、左を向いても降り注ぐ金色の光の筋。それは明滅しながらあたしたちを−−地上の全てを包み込んで流れていく。もう、上から下に落ちているのか下から上に流れているのかもわからない。ううん、 どっちが上でどっちが下かもわからない。
あたしは言葉を失って、ただそれを眺めていた。正確には、言葉なんて必要なかった。
ああ、きっと生命が還ってくるんだ。また生まれてくるために。
そして旅立っていくんだ。いつか還ってくるために。
あたしは、いつの間にか目を閉じていた。まぶたの裏も光が流れて行く。
あたしと世界との境界が、響きあい、揺らいで薄れて消えて行く。
この星が、震えてる。旅立つ生命を見送って。還ってくる光を迎えて。
そっとあたしの手に触れる温かい手に気付いて、目を開けた。
何故かあたしの気持ちが全部伝わってしまいそうな気がして、いつしか濡れていた頬を慌てて拭う。
「……そろそろ、帰ろうか。」
彼が優しく微笑んだ。あたしは軽く頷いて、再び空を見上げた。こころなしか熱い頬に気付かれるのがちょっと悔しかったから。
光の雨が去った夜空に、思い出したように星が一つ流れた。
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