何これ。読まなきゃよかった。
ボクは呆れてばたんと本を閉じていた。『三匹のこぶた』のラストがこんなんだなんて、世の中もずいぶんと変わったもんだね。
狼が子ブタを食べちゃったり、子ブタが狼を煮ちゃったりするようなザンコクな話はコドモの教育によくないってことなんだろうけど、ボクに言わせたらゲンジツとキョコウの区別がついてないのは、オトナの方だよ。
狼が子ブタを食べるのは当たり前、子ブタだって自分の身を守るのに、狼を殺すのは仕方ない。それが、こんなごまかし方しちゃったら、ヤオチョウじゃないか。カンミンユチャクよりタチ悪いよ、全く。
昼休み、図書館で。なんとなく懐かしいなぁと思って手にとってみたのはいいんだけれど、読んで損しちゃった。
溜息をつきながら絵本を元の場所に戻していると、ふと隣に別の『三匹のこぶた』があるのが目に入った。
それで、ついそのまま引き抜いちゃうんだから、ボクもこりないよね。
また違うバージョンのが出たのかな。なんだか見慣れない表紙だし。だって、おっきくピンクの子ブタ描いてあるのはいいんだけど、なんていうか、こう、目つきが悪いんだもん。
よくよく見ると、タイトルだって『三匹のブタ』だ。何だろ、パロディかな。そう思いながらも、ペラペラとページをめくってみる。
どうも悪戯好きの三男豚、その名も豚勝(とんかつ)が、2人の兄豚の家づくりを邪魔するお話っぽい。なんだかちょっとシュールだけど、面白いかも。少なくとも、狼とダンスするよりよっぽどイイ。
どうやらシリーズものらしくて、すぐ近くに豚勝の絵の入った『モモ太郎』と『にんぎょ姫』も見つかった。
時計を見ると、ちょうど昼休みが終わるとこ。ボクは、家で読むことにして、3冊の絵本を借りて帰った。
ごろんとベッドに転がって、ボクは『にんぎょ姫』をばたんと閉じた。『三匹のブタ』も『モモ太郎』もそうだったけど、これも結構シュールで面白い。というより、このシリーズに出て来る豚勝という子ブタがなかなかのクセモノだよ。コイツに関わるとみんな不幸になっちゃうんじゃないかな。
え? グタイテキにどうなったかって? それは自分で読んでみてよ。ボクが説明するよりその方がずっと早いと思うからさ。
まあそれはおいといて。本も読み終わって満足したところで、ボクも眠ることにした。明日もガッコウだしね。まさかあんなことになるなんて夢にも思わなかったんだから。
「だいたいさー、兄ちゃんたちばっか粉ひき小屋とかロバとかもらってさー、ズルいよなー。なんでおいらにはこんな猫一匹なんだよ、くそ親父。」
なんだか鼻声みたいな、ちょっと潰れたハスキーな声が降ってきて、ボクは思わず周りを見回していた。
なぐり描きしたような丘に、ずっと続く道、青い空に綿菓子のような雲。まったく絵本みたいな背景に、こっちをじっと見てるのは……、そうピンク色の子ブタ、豚勝だった。不機嫌そうな顔でこっちを見ている豚勝の向こうの方には、ロバをひっぱっているピンクのブタ、粉ひき小屋の前でふんぞりかえってるやっぱりピンクのブタ(ボクには全部豚勝に見えるんだけど)。
これって夢だよね。それにしてもこのシチュエーションってどこかで知ってるような……。
そんなことを考えてると、ボクの頭でぽくっとイイ音がした。思わず頭をおさえたボクの目の前に、今度はぽってんと間抜けな音をたてて、ボロい長靴が転がった。つか、結構痛い……。
……て、アレ? 何か手に三角のぴくんとしたものが触るんですけど……。マサカ……。
両手を見てみると、ぷにぷにしたニクキュウがぽこんとくっついてるし、ほっぺ触ってみたら、しっかりヒゲが生えてるし、後ろ振り向いてみたら、尻尾が揺れてるし……。
ひょっとしてボク、猫になってる? しかも、長靴まであるし……。これってやっぱりアレなのかなぁ……。
「ほら、さっさと行くぞ、ポチ。」
最初の豚勝がジト目でボクを睨んでくる。ポチってボクのことなわけ? 失礼しちゃうよね。ていうか猫にポチはないよね。
なんだかこれ、お話が終わらないと夢も終わらない気がしてきた。ていうことは、この長靴……、ボクがはかなきゃいけないのかなぁ。なんだか古くてくたくたなんですけど。でも……、仕方ないのかなぁ。
「何やってんだよ、オマエ。んなのはくのかよ、汚ねーな。」
こういう時に限ってマトモなこと言うんだよね、豚勝って。ボクだって好きではいてるわけじゃないのに。
「んじゃま、行くぞ。」
こうして、豚勝の冷たい視線を浴びながらボクたちは旅に出ることになった……んだけど。
「疲れた〜、腹減った〜、もう歩けねぇ。」
豚勝ときたら、30分もしないうちに道ばたにすわりこんでこのあり様だよ。
「だいたいどうしておいらが旅なんて疲れること……。」
ブツブツと文句を言っていた豚勝は、ふいにボクをじっと見詰めて、ふぅ、と溜息をついた。
「オマエ、……まずそうだな。」
ジョーダンじゃないよ、シャレにならないよ。なんでボクがブタに食べられなきゃ……なんて思っていたちょうどその時、どこからともなくウサギが飛び出してきて、近くの切り株にごちんと頭をぶつけて転がった。
「おっ。」
「ダメっ。」
豚勝よりほんの一瞬早く、なんとかボクはそのウサギを拾い上げた。
「これは王様にあげるんだから、豚勝食べちゃダメ。」
そう、確か猫は王様にウサギをケンジョウするんだった。自慢じゃないけどボク、運動神経はあんまり良くない。このウサギを逃がしたら2度と捕まえられないかもしれない。『まちぼうけ』の二の舞いなんてゴメンだしね。
「なんで王様なんかにあげなきゃいけないんだよ。」
「お話がそうなってんの。豚勝はこれからカラバ公爵だからね。覚えといてね。」
「は? 誰がバカって?」
「カラバだよ、カラバ。じゃ、行ってくるからね。」
これ以上話してたら日が暮れちゃう。
「……それ、本当にやっちゃうのかよ……。」
ミレンたらしくじと〜っとにらみつける豚勝を置いて、ボクは長靴をがっぽがっぽいわせながら走った。やっぱり夢というのはツゴウよくできてるもので、真直ぐ走ればすぐにお城が見えてきた。
門番はやっぱり豚勝にしか見えない子ブタで、ボクが王様にうさぎを持って来たと言えば、とたんにモノホシそうな目で見ながらも通してくれた。
それはそうと猫が持って来たウサギを喜んで受け取る王様ってどうなんだろ、って小さい頃から思ってたけど、ここの王様ってやっぱり豚勝なんだろうなぁ。だったら喜ぶかも……。
なんて考えてたら、やっぱり王冠をのせた豚勝が出て来た。隣の豚勝はきっとお姫さまなんだろう。もう、ここまで豚勝尽くしだったらあとどれだけ豚勝が出ても驚かないよ、ホント。
「王様にはご機嫌うるわしゅう存じます。この度は私の主人、カラバ公爵よりの贈り物を献上しに参りました。」
こういうセリフ言うのってきっと、幼稚園の学芸会以来だよ……。トホホ……。
「おっ。うまそうなウサギだなぁ。」
「本当、おいしそう。」
とりあえずつかみは成功したっぽいけど、ちゃんとあっちの豚勝のこと覚えてもらわなきゃ。
「王様のお気に召しましたら、カラバ公爵も喜びます。」
とりあえず、「カラバ公爵」のところに力を入れて言ってみる。まあ、反応はわかってるけどね。
「どこのバカだって?」
ほらね。ここでつっこむと話が終わらなくなるんだよ。
「機会がありましたら是非、カラバ公爵のところにもお立ち寄り下さいませ。」
とりあえず、もう一度名前を出しとこう。
「ふーん、じゃあ明日にでも見回りあるからその時にでも寄るかな。」
興味あるのかないのかわかんないような顔で、王様豚勝は面倒くさそうに言った。お姫様豚勝は……、うーん、あれってハジラッテルってやつなのかなぁ、よくわかんないや。
「主人のカラバ公爵ともども、お待ち致しております。」
わざとらしいお辞儀をして、ボクはさっさと城を走り出た。
とりあえず何とか約束はとりつけたことだし、あとは魔王のお城を奪えばニンムカンリョウ、めでたしめでたし、だね。残りは明日だ、ああ、疲れた。
次の朝、がらがらと音がして、たぶん王様豚勝のらしい馬車がやってきた。ついでに言えば、車引いてるのも豚勝だから、馬車じゃなくて豚車なのかな、まあどっちでもいいけど。
「ふあ? 何だ?」
まだ寝ぼけてるっぽい豚勝が、のんきに大あくびをする。
ええと、たしか、水浴びをさせなきゃいけないんだったよね。説明するのも面倒くさいや。
ボクはちょうどのびをしている豚勝を思いっきり突き飛ばした。ざっぱーん、と大きな音がして、豚勝が川へと落ちる。
「な、何すんだ、おいら泳げないんだぞ。」
ええと、このすきに服を隠す……って、最初っから服なんて着てないんじゃん。じゃああとやることは一つだけ。
「大変だー! カラバ公爵が川で溺れてるぞー! 助けなきゃー!」
ボクは思いっきり大声を張り上げた。いつもやらないから喉が痛いよ……。とりあえず、馬車の方にも聞こえたらしい。何かざわざわし始めてる。
さて、あとは魔王の城さえもらえばこんな夢ともお別れだ。きっと丘の上に見えるあれがそうだよね。
ばしゃばしゃやってる豚勝を置いて走り出したら、また長靴ががっぽがっぽと音をたてた。
途中、豚勝の形したかかしの陰から農作業に精を出している(ようには見えない)百姓豚勝におどしをかけるのももちろん忘れたりしない。でも「この土地はカラバ公爵のものでございます」なんてちゃんと言えないかもしれないけど、もういいや。
案の定、魔王の城に入ったら、奥にいたのは豚勝だった。一応、黒いマントなんかをしているからあれが魔王豚勝でいいんだろう。
「強くて賢い魔王様はどんなものにでも化けられるのだとか。」
またまた学芸会みたいな台詞を吐いて、ボクは思いっきり肩をすくめた。ハクシンのメイエンギってやつだね。アカデミー賞ものだよ、まったく。
「なんだぁ? オマエ。」
ここで豚勝のペースに乗っちゃいけない。
「でも、魔王様でもこ〜んなちっちゃいネズミにはまさか化けられたりはしませんよね。」
「……なんでおいらがそんな面倒くさいことしなきゃなんないんだよ。」
やっぱりこうくるかぁ……。ああ、どうしりゃいいんだよ、もう。
「ふ〜ん、やっぱりできないんだ。だってショセンは豚勝だもんね。おっきくなったりちっちゃくなったりなんてできるわけないよね。」
とにかくもうこうなりゃヤケクソ、言ったもん勝ち。うまくいったら結果オーライ。ってな感じで思い付くかぎりのことをずらずらと言ってみると、あれれ……。
なんだか豚勝がどんどん大きくなって……、って、コレ、ボクが小さくなってるの? うわ、そうじゃないって。
「ん? どこ行ったんだ、アイツ。……ま、いっか。」
はるか上の方から振ってくる豚勝の声が頭痛くなるくらいにわんわんと響く。思わず耳をふさいだけど、すごいエコーがかかって……違う、豚勝が増えてるんだ。あっちも豚勝、こっちも豚勝。振り向いたらまた豚勝。ああ、もうどうなってんだよぉ。
「ケケケケケケケケ……。」
怪しげな笑い声があっちからもこっちからも響いてくるし、なんだか目の前がピンクだし、ひょっとしてこのままじゃあ豚勝に押しつぶされる? ってそれだけはイヤだっ。
思わずぎゅっと目をつぶって、耳を思いっきりふさいでみたけど、あの怪しげな笑い声がぐるぐる頭の中を駆け巡る。
「もうやめてくれー。」
自分の声で目がさめるのってマンガだけだと思ってたけど。
窓の外からちゅんちゅんと雀の鳴き声が聞こえるし、いつの間にかすっかり明るくなってるし。汗はびっしょりかいてたけど、どうにか目が覚めたらしかった。
きっと後にも先にもこれほど朝日にカンシャすることってないんだろうっていうくらいほっとしてた。
ガッコウについたらすぐに返してしまおうと思って枕元の絵本を片付けていると、じりりりりといつもの目覚まし時計が鳴った。
この歳で「いつも通り」のありがたみがわかるなんて、ひょっとしたらボクは幸せものなのかもしれない。豚勝にちょっとカンシャしなきゃいけないな、と思いながらボクは窓を開けた。
真っ青に晴れた空が見えた。今日も、よい天気だった。
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