ミハルばあちゃんはいつも縁側に座ってニコニコしている。あんまりいつも笑っているもんだから、目がしわしわの顔の中に埋もれちゃって、どこにあるのかわからなくなったりするくらい。見ていると、膝の横に湯のみ、膝の上にネコを置きたくなってくる、そんなおばあちゃん。今どきめったにいないような、「どこにでもいるおばあちゃん」だ。
ボクが行くといつでも「拓ちゃん、おおきぃなったなぁ」と歯のない口をあけて笑う。そういう時は、昨日も会ったんだけどなぁと思いながら、ボクも笑うことにしている。
ばあちゃんはいつも大事にルビーの指輪をしている。
ばあちゃんは「バラの指輪だ」って言ってるけど、ボクには赤い丸い石にしか見えない。そう言ったら、ばあちゃんは「拓ちゃんも、もうちょっと大きぃなったらわかるかもねぇ」と言って笑う。
ばあちゃんがいつも聞かせてくれる昔話だって本当か嘘かわからないものばっかりだ。家族の人は「ばあちゃんはちょっとボケちゃってるから」って言うけど、ボクはばあちゃんの話は嫌いじゃない。
だって、話の中身がホントかウソかなんて、本当は大したモンダイじゃないって、ボクはそう思うんだ。
今日だってばあちゃんは、縁側に座っていた。いつもとちょっと違うのは、ちょっとしんみりとした顔をして指輪を眺めていたことだった。
「ミハルばあちゃん、バラの指輪見てるの?」
ボクが声をかけると、ばあちゃんはやっぱり歯のない口をあけて笑った。
「拓ちゃん、おおきぃなったなぁ。」
そして、しわの奥の目を開けてまた指輪を眺めた。
そしてぽつりぽつりと話してくれた。ホントかどうかわからない、バラの指輪の昔話。
ばあちゃんにもムスメ時代というのがあったんだって。その頃ばあちゃんとばあちゃんのコンヤクシャはマンシュウというところにいたんだって。
「日本はねぇ、その頃中国の人にひどいことをしたんだよ。」
そう言ってるばあちゃんの顔はとても哀しそうに見えた。
だから日本がセンソウに負けそうになった時、ばあちゃんのコンヤクシャはばあちゃんにすぐに日本に帰るように言ったんだって。
ばあちゃんのコンヤクシャはヘイタイさんのちょっとえらい人だったから、もうすぐ日本が負けるって知ってたんだね。
ばあちゃんは、コンヤクシャに一緒に帰ろうって言ったけど、コンヤクシャは首を横に振った。自分はセキニンをとらなきゃいけないから一緒に帰れないって。
その代わりにって、コンヤクシャは言ったらしい。
「永遠の愛の証に君に枯れない薔薇を捧げよう。」
エイエンノアイノアカシだって。枯れないバラだって。言うねぇ、カッコイイねぇ。男だねぇ、じいちゃん。
あれ? ばあちゃんのムスメ時代の話だから相手はおにーさんなのかな? まあいいや。
−−日本に帰ってくるのは大変だったんだよ、命からがら逃げて来たんだから。顔に泥をぬったり、髪を短く切ったりしてね。
女の人だってわかったらひどい目に遭うって言われてたしね。持ってた服とかちょっとお金になりそうなものは全部とられたりしてなくなっちゃった。でもこの指輪だけはなくさないようにと思って化粧クリームの瓶の中に隠してたんだから。
そう言ってばあちゃんはまたしげしげと指輪を見つめた。きっとばあちゃんには、赤い石の中に枯れないバラが見えてるんだろう。
ボクはセンソウのこととか、マンシュウのこととか全然知らないけれど、マンシュウという国はニセモノの国だって本で読んだことがある。
中国のリケンが欲しかった日本が作ったカタチだけの国。
今はどこの地図を探しても載ってない、消えてしまった国。
でも、国はニセモノでも、その時にそこで暮らしていた人はきっと本当に生きていたんだろう。ミハルばあちゃんだって、そこでエイエンノアイをきっともらったんだろう。
ばあちゃんは指輪を眺めながら、また細い目をしわの向こうに隠してしまった。昔のことを思い出しているのかどうか、ボクにはもうわからなかった。その後コンヤクシャはどうなったのかとか、いろいろ聞きたかったけど、仕方がないから諦めることにした。
その代わりにちょっと身を乗り出して、ばあちゃんの指輪を覗いてみた。
ボクにはやっぱりバラは見えなかったけれど、にこにこ笑っているばあちゃんの頬はうっすらとバラ色に染まっていた。
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