大きな買い物袋を提げて帰って来たら、もうすっかり日は西に傾いてた。
赤い西日の差す玄関をあけると、お馴染みの部屋が出迎える。
白い壁も、木製のチェストも、その上に飾ってある小さな写真も、いつも通り。
すっかり見慣れた光景。
でも、今日に限って、「見慣れた」とことの他思うのは、きっとそれらがよそ行きの顔をしているから。
野菜やら肉やらの入った袋をそのままに、まずテーブルの上の花瓶に花を挿す。
それだけで、急に部屋の中がぱっと華やぐ。まるでそうする名目を与えられたかのように、それまでの遠慮をかなぐり捨てて。
白い肌の花瓶から、少しはにかんだように生える白とピンクの可憐な花。鮮やかな緑の葉が柔らかく映える。
我ながらそのできばえに満足すると、夕食の支度にとりかかる。
野菜を同じ大きさに切りそろえ、出来上がる時間を調整しながら、同時にいくつかの料理を作る。
これもいつのまにかすっかり身についた手順。
様子知った鍋をかき混ぜながら、でも今日は、時折手を止めて考える。
もうすぐ彼が帰ってくるから。さて、どうやって切り出そう。彼はどんなふうに反応するかな。
何度も頭の中でシュミレーションを繰り返していると、思わず吹き出しそうになったり、溜息をついていたり。
鍋の中のじゃがいもやにんじんにまで呆れられるんじゃないかというくらい。
そんなことをしていると、時間はいつもより早く過ぎて行くようで。
いつもように呼び鈴がなって、彼が帰ってくる。
いつものように出迎えると、彼は上着を脱ぎながら鼻をぴくぴくさせた。
「いい匂い。シチュー?」
そわそわしている彼に苦笑を覚えながらも、皿を並べる。
彼は、テーブルの上の花に気付いてはいたようだけど、どうも食欲の方が先に立つようで、落ち着かなさげにしきりに食卓と流しの間で視線を往復させている。
本当に子どもみたい。
食後、機嫌よく話す彼に適当に相槌をうちながら二人分のグラスにワインを注ぐ。
これもいつも通り。
「乾杯。」
私が軽くグラスを持ち上げると、いつもにはない手順に少し戸惑ったのか、彼はぱちぱちと瞬く。
「乾杯。」
けれど、特に気に止める様子もなく、自分のグラスを私のそれに合わせる。
ちん、と鳴った軽い音に、彼は満足げに微笑み、グラスに口をつけた。
『何に?』くらいは聞けばいいのに。
軽く心の中で毒づきながら、花瓶の根元へと視線を落とす。
そこに置いてあるピンク色の手帳に、彼はまだ気付かずににこにことしゃべっている。
そのあっけからんとした性格は好きだけど……あんまり鈍感なのは似てほしくないなぁ、ねぇ……。
そんなことを思いながら、お腹にそっと手を当てた。
まだまだ夜は長いし、焦ることでもないんだけれど……とは思ってみても、やっぱり溜息の一つはつきたくもなる。
「あのさ、だから今度……あ?」
彼の饒舌が唐突に途切れる。顔をあげてみると、ぽかんと口を開けた彼が、手帳から私の顔へと視線を移したところだった。
「乾杯。」
私は、宙に浮いたままの彼のグラスに自分のグラスを軽く合わせた。
ちん、と薄いガラスの肌が、透き通った祝砲を鳴らす。
未だに彼は鳩が豆鉄砲食ったような顔をしていたけれど、私がくすくす笑っていると、大きく二、三度瞬きをした。そして、目を見開いたままでゆっくりと顔をほころばせ、口を開いた。
秋の夜は、ゆっくりと更けて行く。
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