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月の瞳

 いい天気だった。マリアは機嫌よく鼻唄を歌いながら、町外れへと続く石畳の道を歩いていた。少女の足に合わせて、後ろでかるく編んだ赤毛が、軽やかに跳ねる。
 もともと陽気なたちのマリアであるが、ここまで上機嫌になるには、もちろんそれなりに理由がある。職人のところに、注文した品物を取りに行く途中なのだ。もちろん、依頼したのはマリア自身ではなく、マリアの働いている屋敷の主人だが、何と言っても、できあがったばかりの品物を一番最初に見られるというのは、これ以上ない楽しみであった。
 目的地に辿り着き、マリアは足を止めて大きく深呼吸をする。街はずれにひっそりと佇むその小屋は、遠慮しているようでもあり、喧噪に染まるのを拒んでいるようでもあり。その煙突からいつものように黒い煙が出ているのを見ると、自然と顔に笑みが浮んでくる。
「こんにちはー。」
 元気よく声をかけながらドアを開ける。この小屋の主人である青年は、考え事でもしていたのか、大きなテーブルの前に座っていた。ここに来て、彼が手を動かしていないのは珍しい。
 青年は、少女の勢いに驚いたかのように、一瞬軽く目を見開いたが、すぐにいつも通りの穏やかな笑みを浮かべた。
「ああ、グッゲンビュールさんとこの……。」
「マリアです。できてますか?」
「化粧箱の方はできてるよ。ちょっと待ってて。」
 青年と言葉を交わすのももどかしいと言わんばかりに、マリアは彼の言を遮った。青年は別に気を悪くするふうでもなく、静かな笑みを湛えたままで立ち上がった。
 職人というものはえてしてそういうものかもしれないが、口数の少ない彼は、どこか不思議な雰囲気を湛えた人だった。印象的な濃い焦げ茶の瞳には、穏やかな深い光が宿り、やや精悍な顔だちにいつも浮んでいる静かな笑みは、どこか少し陰のような深みを感じさせた。もっとも、彼がこの街に住むようになったのはここ1年程。その前のことについては一切わからない、彼自身も触れようとしないというのも、一役かっているのかもしれないが。
 青年が箱をとってくるまでの間、マリアは小屋の中をきょろきょろと見回した。行儀が悪いと知りつつも、ここにくるといつもそうしてしまう。
 作業台を兼ねた大きな分厚いテーブル、丸木の姿を残した椅子、向こう側には赤々と燃えている炉に、むき出しの地面に転がる道具類、そしてそこここに無造作に置かれた材料と思しき木や石。
 無骨といえば無骨この上ない様相ではあるが、ものを生み出す場だと知っているからであろうか、それとも、普段暮らしている教会とも働いている屋敷とも、雰囲気が全く違うせいだろうか。マリアには、一種神聖とも言うような、神秘的な空気が漂っているようにも感じられた。
「はい、これでいいかな。」
 興味津々といった、少女の様子を見ていたらしい。青年は少し苦笑を浮かべて、マリアの前に大きな掌を差し出した。
 マリアはぱっと顔を輝かせて、いそいそと覗き込む。これが楽しみでここに来たのだ。
「うわぁ……。」
 実に素直に感動を歓声にして、マリアはうっとりとそれに魅入った。
 青年の分厚い掌に乗っていたのは、小さな丸い木箱だった。蓋に施された寄木細工はシャープな雪華を象っているが、木の肌は滑らかに磨かれていて、媚びない上品さを醸している。上品な婦人が、紅を詰めて、あるいは丸薬でも入れて持ち運ぶにはもってこいだろう。
「もう一つの方は、まだもう少しなんだ……。よければ今日の夕方か明日の朝あたりにでも、取りに来てくれるかな?」
「あ、はいっ。」
 済まなそうな青年の声が、マリアを現実に引き戻す。慌てて返事をして、込み上げてくる笑みを抑えきれずに、頬をさすった。また、明日もここに来れるのだ。品物を今日見られないのは残念ではあったが、それが1日先にずれたところで、楽しみが増えたと考えることもできる。
「それにしても……、あんた……のところの御主人も変わってるな。」
 一人でにやにやしているマリアを見とがめてか、青年がぽつりと呟いた。
「はい?」
「いや……。金持ちは特に……、石や銀の細工を好む人が多いから。」
 マリアが振り返ると、その視線から逃れるかのように、青年は、つ、と少女から目を逸らし、言い淀む。
「だって、木の方があったかいじゃないですか。なんだか命を感じるというか……、魂がこもっているというか……。」
 マリアはきょとんとした顔をして、2、3度瞬いた。まるであまりに自明なことを聞かれたかのように、小首を傾げながら、理由を連ねる。が、青年の顔が曇ったのに気付き、言葉を止めた。
「俺の作るものに、魂などこもってはいないよ。」
 吐き出すようにそう言った青年の顔には、なんとも哀しげな陰が差していて、マリアはちくりと胸が痛むのを感じた。
「ああ、まだまだ俺の腕が足りないということだよ。」
 マリアはよく、思っていることが顔に出ると言われる。自覚はないが、今もそれが如実に出ていたらしい。青年は慰めるかのように静かにそう付け足すと、いつも通りの穏やかな笑みを少女に向けた。

 
 あの青年の言葉が胸にひっかかっていたせいだろうか。どうも仕事中だというのにぼんやりしていたらしい。
「マリア。」
 呼ばれて、少女ははっと我に返った。屋敷の主人であるグッゲンビュール老人がテーブルについたまま、怪訝そうな顔をしてマリアを見ている。
「ふふふ。今日は朝からクラウスさんとこの作品見せてもらって、ぼうっとしちゃったのかしら。」
 彼の向かいに座った老婦人が、優しげな顔で上品に微笑む。
「いえ……。そういうわけじゃ……。」
 マリアは俯いて顔を赤らめた。夕食の準備を済ませて、二人に食事を出したまでは良いが、その後の給仕の仕事を忘れてぼんやりしてしまっていたらしい。
「済みません……。あ、あの、何か、不手際でも?」
 慌てて2人の顔と、さして大きくはないが重厚なテーブルの上へと、視線を慌ただしく走らせる。改めて見ると、2人ともまだ食事に手をつけていない。背中に冷や汗が滲むのを感じながら、マリアはおそるおそる尋ねた。
「いいえ、そうじゃないのよ。」
 そんな少女の様子に、夫人が苦笑を浮かべてやんわりと首を振る。
「その……。マリアも自分の分を持って来て、ここで一緒に食べないか?」
 老人が、夫人の言葉を継いだ。
「え?」
 思わずマリアは大きな目を瞬いた。予想外と言えば予想外でもあり、彼等らしいと言えば非常に彼等らしい。
「……そういうわけには、いきませんから。あたしは旦那様と奥様に雇われている身ですし。」
「……そうか。」
 マリアが俯いて済まなそうに返事をすると、老人も老婦人も、子どものように残念そうな顔をした。この街一番の大地主でありながら、この2人は、強欲なところも傲慢なところもなく、非常に気さくな人柄の持ち主だった。
 そして、他人のために金を出すのを惜しまず、新しい作物を植えたがっている農民にはそのための土地を提供し、新たな商売をしようとしている人には快く資金を貸す人でもある。マリア達のような孤児を引き取って育てている教会を援助しているのも彼等であり、素性も知れない青年の才を早くに見抜き、仕事とその場所を提供したのも彼等であった。
 マリアは、彼等のこの気さくさが好きであったし、気取らぬ態度に敬愛もしていた。この2人の無邪気な願いを断るのも心苦しかったけれど、それでもやはり、自分の立場はわきまえるべきだと心得ている。
「いや……。実は、だな……。」
 老人は、ためらいながらも食い下がった。さっぱりとした気質の彼にしては珍しい。さらに、戸惑ったような表情を浮かべ、婦人と顔を見合わせる。婦人も困ったように小首を傾げた。
「?」
 状況がよく読めずに首を傾げていると、2人は頷きあい、同時にマリアの方へと顔を向ける。老人が静かに、それでも意を決したように、口を開く。
「マリア。お前は気立てもいいし、私達に本当によくしてくれている、優しい子だ。私達は、本当にお前のことが好きだし、大事に思っているんだ。だから……、マリアさえよければ、だが……私達の娘になってくれないか?」
「……え?」
 今度こそ晴天の霹靂といった風情で、マリアの頭の中は真っ白になっていた。じん、と頭の芯が痺れて、指先が冷たくなっていく。
「ほら、私達には子どもがいないから……。貴女が娘になってくれて、一緒に暮らしてくれたら……どんなにいいかしら……って。」
 控えめな夫人の声も、頭の上をただ素通りしていく。
「もちろん、マリアがよかったら、の話だよ。無理をすることはない。返事だって急ぐ必要ないし、何ならこのまま忘れてくれても構わない。急に勝手な話をして、すまなかったね。」
 よっぽど呆けた顔をしていたのだろう。老人が苦笑をして話を打ち切った。
「はい……。」
 未だ茫然としたままで、マリアが頷くと、夫人が再び上品な笑みを浮かべる。
「ありがとう、マリア。食器の後片付けは私たちがしておくから、今日はもうお帰り。暗くなると足元が危なっかしいからね。……ああ、そうそう、野菜をたくさん頂いたのよ。そこの籠に入れておいたから、持って帰ってちょうだい。神父さまにもよろしくね。」
「はい……。ありがとうございます……。それでは、失礼します。」
 少女は、なんとか頭の中からそれだけを紡ぎ出すと、深々と夫婦に頭を下げた。

 屋敷の外に出ると、西の空は茜色に染まっていた。少女は天を仰ぎ、大きく溜息をついた。けれど、どんなに大きく息を吐いたところで、胸にわだかまる鈍い違和感はそのままで、出て行ってはくれない。今度は、かるく唇を噛んで、俯く。
 何なのだろう、この胸に居座った、石のように硬くて重い感覚は。あの夫婦のことは大好きだし、彼等がそこまで自分のことを大切に思ってくれているのは、掛け値無しに嬉しい。けれど……。
 ただそこに止まっているのが苦しくて、マリアは足を進めていた。右手に野菜籠の重みが、ずっしりと響く。薄暗くなってきた足元だけを見つめて、何も考えないように努めながら、マリアは歩いた。
 街はずれの小屋の前に来て、少女は足を止める。煙突からは、いつものように煙が昇っている。
 何となく、ここに足が向いてしまったらしい。マリアは一瞬躊躇ったが、まだできていない注文の品を取りに来たという口実があったことに気付いて、そっとドアを押した。
「こんにちは。」
 ドアは開くが、返事は返ってこない。少女はそっと自分の身体を小屋の中に滑り込ませた。
「こんにちは……あ。」
 再び声をかけて、マリアは慌てて手で口を塞いだ。青年は炉の前に座り、険しい顔をして睨むように坩堝(るつぼ)を見つめているところだった。
「ごめんね、今、手が離せないんだ。」
 マリアの訪問に気付いてはいたらしい。青年は、振り向きもせずに、緊張感を含んだ声でそう言った。
「頼まれてたのは、そっちの棚に置いてあるから、持って行ってくれる?」
「あ、はい……。」
 すっかり気圧されて、マリアはそれだけを答えると、慌てて棚の方へと視線を転じた。ちらりと振り向くと、青年はちょうど炉から坩堝を下ろそうとしているところだった。棚にあったそれらしき包みを、気もそぞろに籠の野菜の合間に押し込む。
 再び、青年の方に目を遣ると、熱く溶けた金属を型に流し込んでいるところだった。目を焼くような赤い光が、坩堝から流れ出す。大粒の汗を浮かべた青年の厳しい横顔が、赤く照らし出された。
 用事は済んだというものの、そこを立ち去る気にはなれずに、マリアはただ佇んで青年の手際を眺めていた。少女がじっと見つめる中で、ただの溶けた赤い液体だったそれは、青年の手によって、金と銀の双月の髪飾りへと姿を変えていく。どちらかというと無骨な、厚い手の中で、雫を滴らせるのではないかと思わせる程に、艶やかで滑らかな2つの三日月が優しげに寄り添っている。
 きっと、これを身につける人は、真直ぐ流れる黒髪の持ち主なのだろう。夜空のような髪の上で、控えめな柔らかい光を放つ双月を夢想して、少女は溜息をついた。そして、自らのくせっ毛の赤毛の毛先をつまんでみて、再び別の意味での溜息をつく。
「おや。」
 作業に熱中していた青年は、やっと、まだマリアがそこにいることに気付いたらしい。普段通りの穏やかな顔に、ほんの少しだけ怪訝そうな表情を浮かべた。

「どうかした? ああ、置いてある場所がわからなかったのかな?」
 言いながら腰を浮かしかけた青年を、マリアは慌てて止めた。先程籠に押し込んだ包みを引っぱり出して、その端を青年へと示す。
「いえ、違うんです。ただ……。」
 口を開いてしまえば、胸に渦巻くいろいろな気持ちが溢れてしまいそうで、マリアは辛うじてそれを呑み込んだ。今、うっかり言葉にすれば、何が出てくるか自分でもわからず、それが怖かった。
 青年は、そんな少女を怪しむでもなく、ただ静かな視線を向けていた。
「その髪飾り……綺麗ですよね。すごく綺麗で、優しそう……。」
 このまま黙り通すこともできず、マリアは様々な思いの渦巻く胸の中を探って、もっとも無難だと思われる言葉を引っぱりだした。とはいってももちろん、その言葉には嘘は全く含まれていない。
「やっぱり……、魂が込もっていないなんて、思えない……。」
 わずかな安堵に気が弛んだのだろうか。どうしても、朝のやり取りがまだ胸の中に残っていて、思わずマリアはそう続けていた。
「……ありがとう。でも……。」
 青年は軽く俯いて顔を曇らせた。視線を宙に浮かせたまま一つ嘆息すると、思いきったように立ち上がった。ただ瞬きを繰り返すだけのマリアに背を向けて、壁際の小箱から何かを取り出す。
 掌に乗せたそれを、彼はほんの一瞬、わずかに目を細めて見つめる。愛おしんでいるような、懐かしんでいるような、そして一種の諦めを含んだような、複雑な横顔。
 青年は再び顔をあげると、少女に大人びた諦念の笑みを向けた。そして、掌をマリアの方へと差し出す。
「あ……。」
 言葉が出ない、とはまさにこのことだろうか。
 彼の掌に乗っていたのは、小さな寄木細工の飾り箱だった。その蓋でひそやかに咲いているのは、小さな鈴蘭の花。細やかな細工と色使いが、木の優しげな質感を活かしながら、柔らかな花びらやみずみずしい葉を、見事に表現している。否、技の細かさよりも、形の美しさよりも、何よりも。
 小さく俯いた花が、まるで、はにかみながらこちらを見ている内気な少女のようにも見える。しっかりとそこに息づく温もりを感じて、マリアは溜息をついていた。直接に胸に伝わってくるような思いを、何と表現すれば良いのかわからないままに、おそるおそるといった風情で再び青年を見上げる。一度捕らわれた視線を鈴蘭の花から離すのには、少なからぬ努力が必要だった。
「……俺が作ったんじゃないよ。」
 言うまでもないだろうけど、と言わんばかりに、青年が苦笑する。確かに、同じ寄木細工でも、それは彼の作るものとは全く違う雰囲気を醸していた。この花への愛おしさのような、慈しみのような、作り手の暖かい眼差しがそこにはあった。これに比べると、青年の作るものは、研ぎすまされた刃のような鋭い、そしてどこか他人行儀にも近い、冷たい美しさをまとっているように感じられる。
「これでわかっただろ?」
「でも……。」
 穏やかに告げた青年の意図はわかる。けれど、とマリアは口籠ると、作業台の上に置かれた双月に目を落とす。これだって充分に美しい。第一、彼があれほど、怖いくらいに真剣な顔をして作っていたものなのだ。
 割り切れないような思いを抱いたまま、再びマリアは青年の掌へと視線を戻した。やはり、溜息が出てしまう。材料である木の質感、モチーフとなる花の可憐さ、そして、何よりもその初々しい表情。そのどれをも殺すことなく、むしろ互いに引き立てあうには、どれだけの技術が必要なのだろう。いや、技術だけでは絶対に作れない。細工物には完全に素人であるマリアから見ても、それが並々ならぬ作品であることは明らかだった。
「これは……誰が……? お師匠さん、とかですか?」
 不躾かもしれない、と思いながらもマリアはおずおずと尋ねた。聞かずにはおれない、それだけの魅力を確かにこの細工は持っていた。
「師匠か……。そう言えなくもないけど……。俺にとっては、どちらかというと兄代わりの人だったかな。」
 変わらず、静かな笑みを含んだままで青年は穏やかに答えた。
「『だった』って……。」
「今はいない。死んでしまったよ、随分と前に。」
 思わず口が滑ったことをマリアが悔やむより先に、青年はさらりと続ける。
「あ……。」
 何か言わなければ、と思いながらも言葉が出てこなくて、マリアは視線を泳がせた。気まずさに言葉を失った少女を見兼ねてか、青年は唇の端に小さな笑みを浮かべる。
「構わないよ。君が気にすることじゃない。」
 静かな、優しい口調で告げながら、青年は寄木細工を元の小箱にしまいこんだ。マリアは、そんな彼から視線を離すことができず、ただ黙ってその場に立ち尽くした。青年はマリアの方を振り返って、今度はほんの少しだけ困ったような表情を作った。
「さ、もう暗くなるよ。あまり遅くなるとお家の人が心配する。早く帰った方がいい。」
「あたし、家族っていないんです。父さんも母さんも、あたしが小さい時に亡くなりました。」
 思わず、マリアはそう答えていた。この青年が、自分と似た境遇なのかもしれないと思ったせいだろうか。否、初めから彼に聞いて欲しいという気持ちがどこかにあったのかもしれない。ここへ来る前からもやもやしていた胸の内が、青年の言葉に引き出されるように、言葉になって外に出てしまっていた。
「……。」
 今度は、青年が言葉を失う番だった。マリアは、青年の顔を真直ぐに見たまま、慌てて次の言葉を続ける。
「いえ、そういう意味じゃないんです。ちゃんと教会では神父さまや他の子どもたちが待っていてくれますから……。だから、そうじゃなくて。」
 少女は一度、躊躇いがちに言葉を切った。視線を床へと逃がし、わずかに言い淀む。
「死んじゃった人って……。何を望んでるんだろうって。どうしたらあたしは……、死んじゃった人を悲しませないで済むのかな……。ねえ、どうしたら、どうしたらいいと思います?」
 相手を困らせてしまうということは、充分に承知していた。それでも、一度口に出してしまえば、それは止めようがなかった。筋が全然通っていないとわかっていて、まとまらない思いをそのままぶつけずにはいられなかった。
「俺に、それに答える資格があるとは思わないけど……。少なくとも、君を束縛することは望んでいないと……、俺は思うよ。」
 青年は、小さく嘆息すると、硬めの髪をかきあげた。彼は隠しきれない困惑を露わにしていたけれど、その答えには彼なりの誠意が含まれているのがわかって、マリアは小さく頷いた。頭に上っていた熱は急速に冷めて、今度は込み上げてくる恥ずかしさが、頬を染める。
「変なこと聞いてしまってごめんなさい。お騒がせしました。今日はもう帰ります。ありがとうございました。」
 立続けにそれだけ言うと、マリアは深々と頭を下げて、くるりと彼に背を向けた。背後で小さく漏れた笑みの気配が、何故かマリアにはもの哀しげに思えた。

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