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「ところでさあ、頼まれてたものなんだけど……。」
 かるく頭をかきながらルッツが切り出すと、グレイグはぱっと顔をあげ、いそいそと歩み寄った。エルンストをからかうことには、もう未練はないらしい。
「ああ、ありがとうございます。ではさっそく……。」
 後ろでエルンストが肩をすくめ、エマが苦笑いを浮かべているのに気付くふうもなく、急かさんばかりにルッツから大きく膨らんだ革袋を受け取ると、店の隅のテーブルの上に中身を広げた。ほう、とかふう、とかの声を漏らしながら、気もそぞろといった風情でそれらを改め始める。
 ごろごろと袋の中から出てきたのは、いろんな種類の草や木の実であったり、黒光りする石であったり、果ては獣の角であったりした。
 エルンストたちにはさっぱり価値のわからないそれを、グレイグは嬉々として取り上げたり選り分けたりと、余念がない。
「さすがですね、ルッツ。」
 たっぷり半刻ほどはそうしていただろうか。ほう、と大きく溜息をついて、グレイグはようやく顔をあげた。よっぽど興奮しているのだろう。普段はあまり血の気を感じさせない頬にうっすらと赤みが差している。
「これだけ集めてこられるなんて……。しかもものもとても良い……。良い目をお持ちですね。あなたたちにお願いしたかいがありました。」
 熱烈とも思えるような眼差しを受けて、ルッツは再び頭をかくと、にやりと笑う。
「それはよかった。3日も森の中を歩き回ったかいがあったというもんだ。……ま、手柄の半分以上は王子のものだけどな。」
「それはお疲れさまでした。王子もエマも、ありがとうございます。とても助かりました。」
 グレイグはにこりと微笑んで3人に丁寧に頭を下げると、さっきの女が薬の代わりに置いて行った金貨に数枚足してルッツに渡した。
「まいどありー。」
 少年はにたりと笑って懐にそれをしまう。
「で……、それ、何に使うの?」
 先程からグレイグの手許をじっと見詰めていたエルンストが、間を見計らっていたかのように、おずおずと尋ねた。
「これですか? そうですねぇ……。こっちの薬草は傷薬とかお腹の薬に。あとは、錬金術の実験にでも使いましょうかね。」
「錬金術? こんなもんから金ができるのか?」
 それまで、品物には全く興味がないといった様子だったルッツが、がぜん勢いよく身を乗り出した。
「まさか。できませんよ。」
 が、グレイグはにっこりと微笑んだままで無下にそれを否定する。
「なぁんだ。」
 あからさまにがっかりした様子で、ルッツは身を引いた。
「それじゃあ錬金術じゃないじゃないか。」
 溜息をつきながら、肩をすくめてみせる。
「何も金を造るだけが錬金術じゃありませんよ。」
 いかにも心外、といった面持ちで、グレイグは細い目をかるく見開いた。
「錬金術のだいごみは、レトルト(容器)の中で、物質が影響しあい、変容していくことにあるんです。そうですね、1+1が2ではなくて、新しい1になる……。」
「……。」
 ルッツが、しまったと言わんばかりに首をすくめ、エルンストに目配せをする。何とかして話題を逸らせ、ということらしい。突然降って湧いた役目に戸惑うエルンストの横で、エマが苦笑いを浮かべる。
「え……と、でも、こないだグレイグは自分のこと歴史学者って言ってたじゃない。」
 なんとか絞り出すようにして、エルンストはとりあえず口をはさんだ。グレイグがくるりと振り返る。
「ええ、歴史と錬金術って実はかなり通じるところがあるんですよ。」
 にこりと微笑んだ青年の舌は、ますます滑らかになる気配を見せた。
 どうやら話題を変えることには失敗したらしい。向こうでルッツが額を押さえ、首を振っているのが目に入る。エマは相変わらずの苦笑いだ。
「世界というレトルトの中で、人間が影響しあい、変容していくのが歴史です。」
 流れるような口調でそう続け、グレイグはちらりとルッツの方へ視線を向けた。にやり、と確信犯的な笑みがその口元に浮ぶ。
「まあ、お疑いでしたら、何か聞かせて差し上げますよ。何がいいですか? リオル帝国をエスラントから独立させた傭兵帝の話でも、エスラントのエレム侵攻の話でも……、そうですねぇ、最近でしたらカッセーレとの戦のことでもどうですか?」
「い、いや……。いいよ、今日は遠慮しとく。」
 ルッツはひきつった顔で慌てて首を振った。
「そうですか……。それは残念です。」
 グレイグはわざとらしく溜息をついて、目を細めてみせた。
「い、いや、今度、王子が聞きにくるから、その時にでも存分に語ってくれ。」
 どさくさまぎれに人身御供に差し出された少年は、思わず目を丸くする。
「そうですか。じゃあ今度聞きにきて下さいね、王子。」
 にこり、といつもの笑みをエルンストに向け、グレイグは本気とも冗談ともつかない言葉を口にする。
「まあ、そうじゃなくてもまた遊びに来て下さいね、ルッツも、エマも。またお使いをお願いしたいですし。今日は本当に助かりました。ありがとうございます。」
「そりゃ何よりだ。じゃ、またな。」
 切り上げられる時に話を切り上げておこうというのか、ルッツはそそくさと青年に手を振った。残る2人もくすくすと笑いながら、青年に挨拶して店を辞した。
「……ふぅ。」
 3人の後ろ姿を見送って、グレイグは小さく息をつく。その顔からふと笑みが消えた。伸ばしっぱなしの前髪をかきあげ、宙を見つめる。
「2年程前から急に太られて、顔色がすぐれなくて、髪も抜けた……。」
 先程の女の言葉を繰り返し、しばし考え込む。
 あの手の噂というものは、どこまでが真実でどこからが嘘なのかはわかりにくい。けれど、意外とものごとの本質はついているものだ。
「ちょっと、きな臭い……ですね。」
 薄暗い店内で、青年は独り、ぽつりと呟いた。

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